「琴線に触れる」という言葉を使いますか?まさか、相手を怒らせたときじゃないですよね?

琴線に触れるとは怒りを買うこと?

上司を猿に例えてしまったために、激しい怒りを買った木村さん。

温厚な和田課長もついに我慢できなくなったようですが、もう許してくれないのでしょうか?

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「課長、この書類のチェックをお願いしたいのですが…」

「そこへ置いておけ。」

「はい…」

和田課長は相当ご立腹のようです。木村さんは、誠心誠意謝るしかないと覚悟を決めました。

「課長。」

「何だ?」

「私はこれまで、幾度となく課長に無礼な発言を繰り返してきました。そのことについて、謝罪させてもらえないでしょうか?」

「本当に反省しているのか?」

「はい。私の日本語力の無さも問題ですが、知らないなりに慎重に言葉を選んでいれば防げたことでした。自分の軽率さを痛感しています。」

「そうか。」

「意図はしていなくとも、何度も課長の琴線に触れてしまったことを心よりお詫びいたします。申し訳ありませんでした。」

「………もういい。君の気持ちは良くわかった。これからもよろしく頼むよ。」

「ありがとうございます。一層気を引き締めて、業務に当たります。」

「うむ。」

怒りを通り越して、哀れみを感じてしまった和田課長でした。

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琴線に触れるの正しい意味は?

「琴線(きんせん)」とは、「琴の糸、心の奥に込められている真情・感動」という意味です。

「琴線に触れる」で、「感動、共鳴を与える」という意味になります。

しかし、これを「相手の怒りを買う」という意味で使っている人が少なくないのです。

おそらく「逆鱗(げきりん)に触れる(目上の人を怒らせる)」と混同しての琴でしょう(誤変換ではありません)。

「そのことには触れるな!」というように、「触れる」にはあまり良いイメージがありませんからね。

その上「逆鱗に触れる」という言葉があるのですから、混同するのも無理はないかもしれません。

「琴」の音色を聞いて感動する機会もあまりないと思われますしね(私は全く経験がありません)。

だからこそ、自然にこの言葉を言えたらちょっと格好いいと思いますよ。

でも、「ことせん」と言ったら恥をかくので注意してくださいね(実は私もかつては「ことせん」と読んでいました)。

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