戦いにおいては自分たちのことも相手のことも知っていた方が有利です。そういうのを何と言いましたっけ?

敵を知り己を知れば百戦して殆うからず?

笹山ボクシングジムに所属する相馬選手は笹山会長の期待の星。

猫内選手との対戦が近づき、日に日に調子が上がってきています。

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「調子はどうだ、相馬。」

「かなり良いですよ。」

「お前には期待してるが、油断だけはするなよ。隙を見せればどうなるかわからんからな。」

「大丈夫です。自分の試合のビデオを何度も見て、いくつか改善点が見つかりましたから。」

「そうか。」

「猫内さんの方もバッチリですよ。」

「何?」

「あの人の試合のビデオも何度も見て、癖を見抜きました。」

「本当か?」

「右を打つ直前に、不自然に首が傾くんですよ。そこにカウンターを合わせます。」

「うーん。」

「どうかしましたか?」

「いや、流石だと思ってな。」

「え?」

「お前はセンスがあると思っていたが、頭も良いんだな。」

「恐縮です。」

「この間の世界戦でだいぶ儲かったが、おじが裏切りやがったせいでジムの経営状況が芳しくない。」

「………」

「お前には早く世界チャンピオンになってもらいたい。そのためにも、人気が出ちまった猫内の奴を倒して、もっと有名にならんとな。」

「お任せ下さい。更に分析を進めて、勝利を確実なものとしてみせます。」

「研究熱心だな。感心したぞ。」

を知り己を知れば百戦して殆うからずと言いますからね。」

「………ではないぞ。」

「ええ。あんな人、敵ではありませんよ。」

「………(この辺は猫内の奴と同じか…)」

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正しくは?

「敵と味方のことを熟知していれば、たとえ100回戦ったとしても負けることはない」ということを、「を知り己を知れば百戦して殆うからず」と言います。

これは孫子の言葉で、原典の訳し方によって様々なバリエーションがありますが、意味は同じです。

しかし、「彼」を「敵」とするのは誤り。原典で使われているのは「敵」ではなく、「彼」だからです。

同じく、「危うからず」ではなく、「殆うからず」です。「殆」には「あやうい」という意味があるのです。

原典を気にしないのであれば「敵を知り己を知れば百戦して危うからず」でもいいのですが、ここでは誤りとします。

ちなみにこの言葉には続きがあり、「彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆うし。」とあります。

意味はだいたい想像がつくと思います。自分たちのことだけではなく、相手のことも知らなければ勝つのは難しいということですね。

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