「うがった見方をすれば…」と言う人が多いですが、ちょっと意味がわかりませんね。

うがった見方とは疑った見方?

「アルファセーフ」のシステム担当、佐渡の悪事を見事に暴いた警察官の鈴木さん。

満面の笑みで矢部さん宅に報告に訪れました。しかし、これが次の悲劇につながろうとは誰も…

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「こんにちは、矢部さん。」

「ああ、あんたか。どうだい、謎は上手く紐解けたかい?」

「………」

「冗談だよ、あんた結構真面目だね。」

「ええ、我ながらそう思いますよ。仕事はもちろん、日本語についても日々勉強しています。」

「若いのに感心だね。じゃあ、もう大丈夫だね?」

「え、ええ(まだ不十分だけど、まあいいか。)。」

「ニュースで見たよ、犯人捕まったんだよね。まさか警備会社の人間だったなんて。」

「はい、まさかと思いましたが、もしやとも思ったので………調べて良かったです。」

「共犯者も捕まったんだね?」

「はい、早期に逮捕できたので被害は最小限ですみました。」

「さすが日本の警察は優秀だね。」

「いや、それほどでも。」

「実を言うとですね…」

「?」

「もしかしたら鈴木さんもグルなんじゃないかと不安に思っていたんですよ。」

「ははは、それはうがった見方ですね。」

「え?そうなんですか?」

「当然じゃないですか。では今日はこれで失礼しますね。」

「………今までお疲れ様でした。」

大袈裟な人だな………そう思いながら鈴木さんは帰っていきました。

そしてその数分後、矢部さんは警察に電話しました。

「もしもし、矢部と申します。お宅の署の鈴木という人ですが、実は………」

署に戻った鈴木さんは取調室に連れて行かれました。

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うがった見方の正しい意味と漢字は?

「うがった見方」を「疑った見方」のことだと思っている人は非常に多いです。

それなら最初から「疑った見方」でいいと思いますが(1文字しか減っていないので)。

「うがった」は「穿った」と書きます。「穿つ」とは「穴を開ける」という意味です。

穴を開けるといっても「スケジュールに穴が開く」等の否定的な意味ではなく、「物事を深く掘り下げ、本質を捉える」という意味です。

よって、「穿った見方」とは「物事の本質を的確に捉えた見方」という意味になります。

自分の推測を述べる前に「穿った見方をすれば…」と言ってしまったら、自分で自分を褒めているようなものです。「すれば」というのもおかしいですが。

この言葉も正しい意味で使用されることは滅多にありませんね。

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