「逃がした魚は大きかった」と嘆く人がいますが、それは本当に大きかったんでしょうね。

逃がした魚は大きい?大きくない?

元浜グレイトホーネッツは大阪エレクロムファルコンズに2連敗。

上坂監督と和田投手コーチは今日は勝ちたいと思っていますが…

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「よし、よく抑えた!」

「1点差に詰め寄った直後ですからね、これは大きいですよ。」

「最終回、何としても1点は取るんだ!3連敗だけは避けねばならん。」

「監督………また西岡です。」

「何、今日もか?3連投だぞ!」

「嫌な予感がしますね。」

「いや、今日こそは…」

しかし、監督の期待も虚しく、あっさりとスリーアウトになりました。3連敗です。

「くそ、あの時ウチが交渉権を獲得していたら…」

「よりによって、苦手なチームに取られてしまうなんて…」

逃がした魚は大きいというやつだな。」

「いや、彼は本物ですよ。新人王の最有力候補ですから。」

「だからそう言ったんだろうが!何を言っとるか。」

「………失礼しました(面倒くさいからいいや。)」

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逃がした魚は大きいという諺の本来の意味は?

「逃がした魚は大きい」の本来の意味は、「手に入れ損なったものは実際より良いものだったように思えるもの。」です。

例えば釣りをして、「釣れた魚」と「惜しくも逃してしまった魚」がいるとしましょう。

この2匹は同じ種類で大きさも同じようなものだったとしても、逃げられた魚の方が良い魚だったような気がするものです(多分)。

つまり、「手に入れ損なうと(実際はたいしたことなくても)とても良いものであったかのように錯覚するもの。」ということです。

というわけで、「逃がした魚」は「(実際には)大きくない」が正解。

「(手に入れ損なった)素晴らしいと思った人や物を称える言葉」としては不適切なのです。むしろ、馬鹿にしているような気がします。

もっとも、現在そのような意味で使われることはまずないと思いますので、間違って(称える時に)使っても大丈夫でしょう。

私は意地でも本来の意味で使いますけどね(笑)。

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