「手塩をかけて育てた社員」のような言葉をたまに聞きますが、何かおかしいと思いませんか?

手塩をかける?手塩にかける?

浦沢さんは、太郎君の部屋にあるものを見てびっくりしました。

美術の授業で作った、粘土で出来た『手』です。

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「太郎、夕飯作るのを手伝っ………キャー!」

「え?何?何?」

「そ、それ!」

「ああ、これね。美術の授業で作ったんだ。良く出来てるでしょ?」

「作った?作り物?」

「当たり前じゃん。犯罪者じゃあるまいし。」

「あー、びっくりした。」

「そんなにリアルかな?」

「ええ、上手いものよ。色も塗ってあるから、本物かと思っちゃった。」

「大袈裟だなあ。」

「これ作るの大変だったでしょ?」

「うん。紙粘土だから適度に湿らせておかないといけないし、細かい調整が大変だったよ。」

「そうね(それにしても上手いわね。ひょっとしたら芸術家としての才能があるのかも…)」

「珍しく先生に褒められたんだ。手塩かけて作った甲斐があったよ。」

「そ、そう。良かったわね(日本語の方は残念ね。)」

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正しい方とその意味は?

「自ら面倒を見て育てる」ことを「手塩にかける」と言います。

「手塩」とは「食膳に添えられた少量の塩」のことです。

塩加減を自分(の好み)で調整したことから、「(人任せにしないで)大切に育てること」を「手塩にかける」と言うようになりました。

「手塩かける」と言ってしまいがちですが、間違いです。それだと単に「塩を振りかける動作」になってしまいますからね。

では、改めて「意味」に注意してみましょう。「育てる」です。

「手塩にかけて育てた野菜」等と使われることが多いですが、重言と思われます(「手塩にかけた野菜」で良いはず)。

おそらく「丹精込めて育てた野菜」との混同でしょう(丹精=真心。この意味の場合、厳密には「丹誠」と書く。)。

また、「手塩にかけた料理・家・芸術品」等のように、「作った」という意味で使われている例もよく見かけますが、誤りです。

「育てる」ですから、手塩にかけるのは「育つもの(人間・動物・植物)」であるはずです。あ、ブログもそうですね(笑)

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