何事も最後まで気を抜いてはいけません。そう、土壇場で………ん?

土壇場とは最後の場面のこと?

全国高等学校サッカー選手権大会は呈皇高校(東京都)が藤堂君の活躍により優勝。

翌日、試合をテレビで観ていた穂乃果さんと日奈子さんはその話題で盛り上がりました。

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「日奈子、昨日の決勝戦観た?」

「うん、観たよ。良かったね。」

「藤堂君って凄いよね。あれは絶対全日本入るなぁ。」

「漫画のキャラ並みだよね。」

「イケメンだし。モテるんだろうな。」

「気になるの?」

「いや、ならないよ。絶対彼女いると思うから。」

「そうかなあ。いてもおかしくないとは思うけど…」

「呈皇のマネージャーに可愛い子いたじゃん。多分、あの子と付き合ってるんだよ。」

「それは分からないよ。学年が違うみたいだし。」

「ふーん。」

「それにしても最後のロングシュートは凄かったね。」

「うん。土壇場で追いつかれた時はどうなるかと思ったけど。」

「………そうだね(土壇場で追いつかれる………まあ、いいか。)」

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土壇場の語源と本来の意味は?

「土壇場」とは「を盛って築いた(一段高くして設けた所)」のことです。

江戸時代はそこで罪人を処刑していたため(厳密には違うそうですが)、「罪人の処刑場」という意味で使われていました。

転じて、「切羽詰まった状態。進退窮まった場面。」という意味でも使われるようになりました。

本来は「(最後に訪れた)どうにもならない状態」という意味だったのですが、いつの間にか「どうにもならない」の部分が忘れ去られ、「最後」のみが残ってしまいました。

現在では単に「最後の場面」という意味で使われることがほとんどです(語源はほぼ無視)。

確かに処刑されるのは人生最後の時ですが、「土壇場」の本義は「進退窮まった」です。

よって、本来の意味からすれば「土壇場からの逆転勝ち」はアリだとしても、「土壇場で逆転負け・追いつかれる」には大いに違和感があります。

また、「序盤から進退窮まる」こともあり得るので、必ずしも「最後の場面」とは限らないはずです。

意味の変化はこれに終わりません。「ドタキャン」という言葉がありますよね?

「土壇場でキャンセル」を縮めたものですが、これの使い方もいかがなものかと思います。

何かの交渉をしていて、「もう少しで成立しそうな所で決裂した」というのなら分かります。

しかし、交渉は上手くいったが「当日になってなかったことにされた」場合に使うのはおかしいです。

何故なら、それは「最の場面」ではなく「最の場面」だから。

「直前になってのキャンセル」を「土壇場(最後)キャンセル」というのは間違っていると思いませんか?

解釈によってはアリのかもしれませんが、私は好きじゃないですね。

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