推測等がだいたい当たっていることを何と言いましたっけ?当たらずとも?

当たらずとも遠からず?

冬休みが終わり、3学期が始まりました。

加奈子さんは、明日香さんがお正月をどう過ごしたか興味があるようです。

スポンサーリンク


「明けましておめでとう、明日香。」

「今年もよろしくね、加奈子。」

「初詣には行ったの?」

「うん。」

「彼と?」

「まあね。」

「何をしてきたの?」

「神社に参拝に行って…」

「うん。」

「絵馬に願い事を書いて…」

「それから?」

「おみくじを引いて…」

「それから?それから?」

「………何を期待しているの?」

「最後よ、最後!」

「………別にいいじゃん。」

「もったいぶらないでよ、○○で△△で✕✕だったんじゃないの?」

加奈子さんは何やら熱い想像をしているようです。

「………そんなんじゃないよ。(流石にそこまではね…)」

「でも、当たらずとも遠からずでしょ?」

「違うよ。(それを言うなら…)」

「………そうなんだ。」

「?」

「………(今のは嘘を言っているようには見えなかったなぁ。本当に何もなかったんだ、可哀想。)」

「加奈子?」

「大丈夫!まだまだこれからだから、気を落とさないでがんばろう!」

「う、うん。(え?何?何で私、哀れみの目で見られてるの?)」

NEXT

スポンサーリンク


当たらずと雖も遠からず?

「推定・予想が完全とはいえないけれども、だいたい当たっている」ことを「当たらずと雖(いえど)も遠からず」と言います。

この「いえど」が抜け落ちた形の「当たらずとも遠からず」の方が一般的に使われていますが、本来は誤りです。

ただ、本来と言うなら、本来はもっと複雑です。

「当たらずと雖も遠からず」は、「礼記(大学)」にある句「心誠に之を求むれば、中(あた)らずと雖も遠からず。」に基づくことわざです。

簡単に言えば、「真心を持って事に当たれば、完全とは言えないまでも、それに近い結果を得られる。」という意味です。

要するに、「自分ががんばれば、理想に近い形になる。(100点を目指せば90点近く取れる。)」という高尚な意味だったのですが、前半部分を削ってしまったために、単なる「自分以外の予測」という、安っぽい言葉になってしまったわけです。

それを思えば、「雖も」が入っていようがいまいが、どうでもいいことなのかもしれませんね。

スポンサーリンク