人は、生きていく上で自らの力で成さなければならないことがあります。人任せではいけません。でも他力本願は…

他力本願とは神頼みや人任せのこと?

3学期が始まりましたが、町屋西高校ではすぐにテストが行われます。

瀬良君はテスト対策に必死ですが、武内君の行動も意識しているようです。

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「元日は何をして過ごしていたんだい?」

「何をって?普通だけど?」

「どうせ彼女と初詣に行って浮かれて、絵馬に願い事を書いて満足して、おみくじを引いて一喜一憂して、その帰りに…」

「へえ、またストーキングしていたのか。いい度胸だな。」

「え?」

「仏の顔も…」

「ち、違う!今のは想像だ!多分そうだろうなと思って言ってみただけだ!」

「本当か?」

「と、当然だ!僕はそんなに暇じゃない!」

「………わかった、信じよう。」

「ふう、助かった。まったく、冗談の通じない男だな。」

「君ならやりかねないからね。」

「………ところで、絵馬には何て書いたんだい?」

「インターハイ出場だよ。」

「インターハイ出場?はあ、相変わらずガッカリさせてくれるな。」

「何がだい?」

「そんなことは自分たちの力で成すべきことだろ。神頼みとは情けない。」

「別に神頼みじゃないよ。目標を書いただけだ。」

「詭弁だね。100%そうだと言い切れるのかい?」

「………」

「そういうのを他力本願というんだよ。そんなんじゃあ今月のテストも………何を笑っているんだい?」

「いや、別に…」

「気になるじゃないか、教えてくれよ!」

「やだ。じゃあまたね。」

「ま、待ってくれ!武内君!」

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他力本願の正しい意味は?

他力本願は「自分は努力しないで、他人の助力を待つこと。」という意味で使われていますが、本来は誤用です。

他力本願の「他」は「他人」のことではなく、「阿弥陀如来」を指しています。

よって、「他力」とは「阿弥陀如来の力」のことで、「自力」の反意語ではありません。

ここまででしたら誤用されるのもわかるのですが、「本願」とは何でしょうね?

「本願」とは「仏・菩薩が衆生(全ての生物)を救おうとする誓願」を意味します。

つまり、「他力本願」とは「阿弥陀如来の力で全ての人々を救済すること」で、「自分の欲望を満たすために神や他人に依存すること」ではありません。間違って使わないように気をつけましょう。

そもそも「仏教用語」ですので、一般の人はあまり使わないはずですが。

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