絶望的な状況に陥っても諦めてはいけません。一抹の望みがあるなら…あれ?一縷でしたっけ?

一縷の望み?一抹の不安?

笹山ボクシングジムの猫内チャンピオンは、ラミレス戦に向けて練習に励んでいました。

その姿を見た笹山会長は何を思うのでしょうか?

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「ずいぶん気合いが入っているようだな、猫内。」

「当然でしょ、世界戦を控えているんですから。」

「どうせ負けるんだから、そんなに真剣にやらんでもいいぞ。練習するように言っているのは、試合の体を成すためだけだからな。」

「やるからには勝ちにいきますよ。結果はどうあれね。」

「わからんな~。無駄とわかっている努力を続けるなんて。理解に苦しむわ。」

「会長さんにはわからんでしょうね。」

「ああ?」

「聞きましたよ、現役時代のこと。」

「何?」

「強打が売りのインファイターたったんですよね。でも、柳田さんのストレートを目の当たりにして真っ青になったとか。」

「てめえ、何故それを知っている!柳田か?何を話した!」

「それが自身の引退と、俺にアウトボクシングを教えた理由ですか?KOさえされなければジャッジを買収して…」

「だったら何だ!ボクシングは勝つことが全てだ!そのためには手段なんか選んでられねーんだよ!」

「そんなんだからわからないんですよ。ボクサーのきんじというものがね。」

「それを言うなら矜持(きょうじ)だ!アホ!」

「俺もかつては会長に従うだけの駄目ボクサーでした。でも、今は違う。」

「………(スルーしやがった。)」

「たとえ勝ち目の薄い戦いでも、一抹の望みがある以上は勝利を目指すべきなんですよ!」

「ほう、一抹の望みか。一縷の望みじゃなくて?」

「………」

「ラミレスにとっては一抹の不安もないだろうな。馬鹿自慢をしてる暇があるなら相馬のスパーの相手でもしてやれ!」

「(くそ、今に見てろ!)」

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一縷と一抹は同じ意味?

「一縷」も「一抹」も、非常に小さなことのたとえです。

しかし、使い方は全く逆で、「一縷」は希望がある場合に、「一抹」は不安がある場合に使います。

「一縷」は「細い一本の糸」のことです。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を思い浮かべれば分かりやすいかもしれません。

「一抹」は「筆で少しなすった程度の量」のことです。あるのかどうか分からないほどの少量です。

通常は「一縷の希望」、「一抹の不安」等と言い、「一縷の不安」、「一抹の希望」等とは言わないので気をつけましょう。

ところで、「一縷の希望」と「一抹の不安」のどちらが好きですか?

「一縷」も「一抹」も「ほんのわずかな」という意味ですから、「一抹の不安>一縷の希望」となるはずなのですが、何となく「一縷の希望」の方が好ましいような気がしますね。

言葉とは面白いものです。

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